「確率思考の戦略論」森岡毅、今西聖貴

~導入~

以前読んだ金持ち父さんの影響で、マーケティングについて勉強したいと思いました。また、個人的に投資を始めたので、企業の行う事業が市場とどうかかわりがあるのか、勉強できたらとも思っています。そういう意味では、強い目的意識があったわけではないので、読むのに時間がかかりすぎました。内容もなれない人にとってはかなりマニアックで、大変な本でした。またいろいろと読み漁ってから戻ってくると思います。

 

~所感~

 

第1章

 “Evoked set”の説明は非常にわかりやすかったです。

袋の中にハーゲンダッツと書いた球が5個、チョコモナカの玉が3個、雪見だいふくの玉が2個入っており、袋の中身をかき混ぜて、中を見ないで1個だけ球を取出し、またその球を戻す事象の確率計算全く同じなのです。

 消費者の購買行動を簡単な確率計算にたとえると、売り上げを伸ばすには自社ブランドの出現する回数を増やすことですね。こうして考えることで、経営資源を投入した際の効果を、定量的に見積もることができます。結果が合う合わないは別にして、合理的な理論に基づいているから判断にも迷わなくなるし、その結果から反省を活かして次のアクションにつなげることもできます。社内で説明を通すのにも有用でしょうし、数字を扱えることはそれだけで武器になると思いました。

 

第2章 

経営資源の配分先は、結局のところPreference(好感度)、Awareness(認知)、Distribution(配荷)の3つに集約されるのです。

プレファレンス、認知、配荷、この3要素について着目するとなかなか面白いです。自社の製品について、プレファレンスはどうか、認知はどのくらいか、どれくらい店頭に並んでいるか、マーケティングの視点からの解釈ができます。 気になったところは、プレファレンスに関わるところがマーケティングの観点から言うとひと括りになるということですね。製品開発や研究にかける投資(製品パフォーマンスを高める)と、ブランドエクイティを高める投資と、共にブランドのプレファレンスを高めるための投資です。このプレファレンスを高めるには自由度が高くて難しい。

 第2章で、筆者の森本さんは、USJの既存のファン層が何を求めてUSJに来ているのかを見極めることについて述べています。より市場からのプレファレンスを獲得するために、どこに着目して経営資源を投入すべきかがここまで議論されていますが、最終的に既存客のプレファレンスを深く分析したことが肝だと思っています。なぜ好まれているかの真因をどうやって分析したんでしょう。インタビューかアンケートか。どんな質問をして、どんなデータを集めたのか。この章でも、現象にとどまらず本質を見抜くよう考えを掘り下げていく、筆者の考察の深さが感じ取れる気がします。地頭の良さと言われることもあるでしょうが、これはどんな仕事をしていても求められますよね。しかし、一般通念として理解されていることを、実際はそれがただの固定観念で、USJにお客さんを多く呼び込むためには崩しても構わないと、”サイエンス”の世界で論じられるまで言語化できることが森本さんの秀でたところだと思いました。数式を使って言語化できるというのは大変な武器ですね。

 

第3章

達成したい目的があるとき、次になすべきことは、その目的が達成できているときの状況を想像力と数値を使って徹底的に考えること。ここはずいぶんとアートな部分ですから、後に必ずサイエンスで検証しなくてはなりません。

一番良いと思えるプランAに対して、必ずプランBを考えてみる

それによって前提とした想定の脆弱さや盲点に事前に気づくことができる。

 個人的に計画業務が多いので、身に沁みます。突発的な対応であっても、プランB、プランCまで考えを巡らせて、計画の緻密さを高められるようありたいです。

 

第4章

サイコパス性とは、「感情が意思決定の邪魔にならない性質」

 企業のトップにサイコパスが多いは納得しますし、どちらかというと外資系の社員の方が仕事面ではサイコパスを感じさせる人が多いように感じます。(文化の違いですかね。)しかし、合理的な判断で仕事を進めていくには、その価値観を理解・体得できないとやっていけないとも感じます。私の上司もサイコパス性が強い人で、実際にそのギャップに直面した時、ついていけずに苦慮した経験があります。そして、人間は元来、自己保存の本能があって、変化をする(決断をする)ことによるストレスから自分を守ろうとすることにも納得です。まさしく自分を守っていました。後から述べられていましたが、欧米人の方がサイコパス性を発揮する人が多いようですね。

ビジネスの世界でも、我々の強み封殺するような業界のルール変更や、ゲームの軸をひっくり返す、戦略的ゲームチェンジの機会を常に狙っています。

確かに考え方の次元が違います。

 

 以降の章(第5章~)については、一度中断いたします。ここから内容が専門的になり、慣れていない私にとってはすんなり理解ができませんでした。ここまで、割と簡単なマーケティングの導入部分と、ちょっと仕事における自己啓発的な内容も踏まえて面白い内容でした。

ジョー・ジラード「営業の神様」

~導入~

金持ち父さんの筆者がセールスについて学べと言っていたので、とりあえずセールスに関して学べる本を書店で探しました。私の本業はエンジニアなので、セールスといわれても全く想像がつきません。そのため、すでに営業の仕事についている方向けの、How toを効率よく学べる本というよりは、営業にとどまらず、他の仕事についている人にもある程度共感できるような内容だと面白いだろうなと思い、本書を手に取りました。(金持ち父さんの筆者がセールスを学べと言っていたのは、お金に関するリテラシーを高めることの一部としてであり、この筆者の体験から読み解くに、特にセールスはモノを売るなんて想像もつかない内気な自分を変えることが目的であったように解釈できます。この点も本書を手に取った理由の一つです。)

 世界No.1のセールスマンとしてギネスブックにも認定された、アメリカのセールスマンの教えが書かれた本書です。本のカバーに書かれていた、

秘密などない。近道も奇策もない。

という言葉に心惹かれました。動き出す前から最短距離を考えることは大事ですが、私の場合は考えすぎて動けなくなってしまうことが多いので、とりあえず動き出して後から修正を図っていきます。結果的に回り道をしてしまうことになっても、それはそれで他にも得られたものがあったでしょうし。

 

~ジョー・ジラードとは(本書末尾要約)~

 

アメリデトロイト州の1928年に生まれ、40余りの職を転々としたのち、35歳でミシガン州のシボレー販売店でセールスマンとなる。わずか3年で自動車販売台数米国トップにのぼりつめ、4年目以降、引退までの12年間「世界No.1のセールスマン」としてギネスブックに認定された。今なお、その記録は破られていない。

15年間合計販売台数13001台。

 

本書のタイトルに違わず、まぎれもなく神様ということですね。

 

~個人的に気になった内容(所感)~

 

ルール2「ポジティブな姿勢を持つ」

“身のまわりで起きることは必ずしも自分でコントロールできない。誰かがくれるものだけをモチベーションの頼りにしているなら、それは要するに自分の未来を他人の手にゆだねているということだ。”

“武器というのは、一言でいえば姿勢だ。”

 

 モチベーションとポジティブな姿勢について述べられています。これって意外と頭の中を切り替えるうえで、面白い考え方だと感じました。なぜなら、私は何かに取り組むときに、モチベーションが上がらないとか、自分の気持ちが何らかの理由によって整わないような意味で使用していることが多いためです。他力本願的なモチベーション設定では、それが得られた時にしか自分の気持ちが前を向かないので、自分の人生を誰かの手にゆだねているということです。従って、モチベーションを置くところは間違えないでねと。(筆者は家族の存在がモチベーションであったそうです。)そして、自分で前向きな姿勢を作ることが大事ですよと謳っています。

 これが、

“あなたがしなければならないことの中で、間違いなくもっとも難しい。”

と述べられているように、大変なことですね。このためのモチベーションを自分の中で見つけましょう。

 

ルール9 「連絡を絶やさない」

“人と接することの多い仕事やサービス業についている人はとくに、顧客や見込み客との連絡を絶やさないようにすることがきわめて重要だ。” 

本書の各ルールのうちで、最も分量が多い項です。内容は、筆者が一度つかんだ顧客を手放さないために行ったことが細かに書かれており、力の入れようがうかがえます。

“本当の営業とは売った時から始まる。結婚のようなものだ。”

とも書かれており、素人目戦ではいかに契約を勝ち取るかが営業と思っていましたが、そのあとの方が重要なんですね。これは、新規の顧客を獲得するより既存客を維持することの方がコストが低いことが理由です。そのためには特に、

“顧客との連絡を絶やさないこと” 

が必要。加えて、筆者の取り組みを見るに、頻度もさることながら創意工夫して相手に印象付けることが重要ですね。私の場合は社内のエンジニアなので、仕事が舞い込んでくることがしくみ化されており、このように相手の存在の有難さに立ち返ることはあまりありませんでした。むしろ、Too muchになると、煩わしく感じたりもしますし。社内か社外かは、ビジネスマンの基礎としては確かに関係ないですね。

 また、本書で述べているプライベートで大切な人に対しては、もっと頻度を上げようというところ、私は日々が忙しいと自分のことだけに流されてしまいがちです。そのため、ルール3「計画を立てる」で述べられている、

”自分にとって大切なものを決めなければならない”

に則って、時間の使い方の優先順位をはっきりとさせた方がいいですね。

 

ルール13 「自分にご褒美をあげる」

“エンジンを休ませなかったがためにオーバーヒートしてしまうのを防ぐことだ。”

"いつかベストになるよりも、いつも自分のベストを尽くすほうがいい。それができれば毎日勝者になれる。それこそが究極のご褒美なのだ。"

 

 ここまで読み進めてきて、超ドストイックで前向きな人間が、自分に対するご褒美は必要というんだから、これは真理なんでしょうね。正直、休まないでも頑張り続けられる、休むことは甘えだと、自分の感情を切り捨ててきたこともあり、それでもうまくいかないことは往々にしてありました。そうなると、自分は凡人だからなと、自分を追い込む発想が生まれてきて、好きだと思えることも楽しくなくなってしまいます。その点では、筆者のように粘り強くストイックであるためには、最も重要なルールではないでしょうか。まずは自分を休ませる。そして、

”おそらく何よりも素晴らしいご褒美は、自分の幸運を人に分け与えることだ”

と筆者が言うように、誰かのために時間を割くことって、優先順位の高いことで、忙しい人にとって、意外と見落としがちなことではないでしょうか。

 

ロバート・キヨサキ「金持ち父さん貧乏父さん」

 最近、投資をはじめたのですが、あれこれ考えるよりとりあえず行動してから学ぶこともあるだろうと考えて、あまり後先考えずに始めて焦りを感じています。。。

 勉強したいなあと考えて、投資初心者向けの本を調べて、本書にたどり着きました。読み進めていくうちに、具体的な投資手法を紹介した本ではないことが分かりましたが、お金に対する考えかた、ファイナンシャル・リテラシーを高めるうえで、面白い本だと感じました。

 内容は筆者にそれぞれお金に対する異なった考え方を教えた、二人の父から学んだことを紹介するかたちとなっています。

 

↓↓以下、気になったところの引用です。

 

「教えの書」

第1章 金持ちはお金のためには働かない

“たいていの人はお金で動く。それは人間だれしも恐怖と欲望という感情を持ち合わせているからだ。

恐怖や欲望が大きくなるのは、お金のことを知らないからなんだ。恐怖をしっかり見つめ、欲望、人間の弱点、強欲さに立ち向かうことこそ、そこから抜け出すための道なんだ。”

 

第2章 お金の流れの読み方を学ぶ

“金銭・財務関係の文字と数字を読んで理解する力、「ファイナンシャル・リテラシー」が不可欠だ。"

 

第3章 自分のビジネスを持つ

“職業とビジネスには大きな違いがある。職業として銀行に勤めていても、その他に自分自身のビジネスが必要だ。

いまの仕事を続けながら、その一方で自分のビジネスを持つことを考えるべきだ。”

 

「実践の書」

第3の障害 忙しいことを理由に怠ける。

“世の中には、忙しい人間が一番怠けているということがよくある。この「怠け心」を解消するにはどうしたらいいだろう?その鍵はちょっとした「欲張り心」にある。”

 

第4の障害 自分への支払いを後回しにする悪い習慣

 “人間の生き方はその人が受けた「教育」よりもむしろ「習慣」の影響を強く受ける。自分に対する支払を先にすれば、お金に関して自分が強くなる。”

 

【所感】

 大学を卒業して企業で働くようになって、将来得られる収入もある程度想像がつくようになったものの、将来の生活に対するお金の不安は漠然としてあります。がむしゃらに仕事に打ち込むだけでは特に収入は増えないですし、同じような生活が今後数十年続くと思うと、また今後ビジネスが大きく変容し、要求される専門性が変化・深化するために雇用や給料も保証されるかわからないとなると、もやもやとした感覚を抱かざるを得ません。いろいろ勉強してきたんだけどな、というのが正直な感想です。本書に書かれている言葉で、

“恐怖や欲望が大きくなるのは、お金のことを知らないからなんだ。恐怖をしっかり見つめ、欲望、人間の弱点、強欲さに立ち向かうことこそ、そこから抜け出すための道なんだ。”

という一説があります。ここではお金について述べられていますが、知らないでいることが恐怖を助長させるとも読みとれます。ざっくりと考えて、もっといろいろなことを勉強したら不安感は拭い去れるのかな~とも思いました。

 

 本書で述べられている考え方として、仕事とビジネスを別物としてとらえています。これは自分にとっては新しい見方でした。今は企業で務めることと比較して、個人で事業を起こす人も増えてきていますが、それは別なんですね。(社員か経営者かという違いは認識していましたが、働き方というか、両立できるという考え方?ですね。うまく言葉にできないですが。)本書では資産に関係するところなので、投資もビジネスという解釈でいいんでしょうね。(身近なところでは副業という言葉がよく言われるようになりましたが、それに限らない。)個人的には、視野を広げて勉強して、興味のある分野を見つけ出していこうと考えています。何より勉強が好きですし、テクニカルなことも割と理解できる素養があると思っています。そのうえで、今の本業とは別に貢献できること(出資や転職でも形は問いません)があれば、首を突っ込んでいきたいなと、夢物語かもしれませんが思いました。

 

 個人の生活において、お金に関する悩みがなくなったら、各々の生活は楽しいものになると思います。極端ですが、自分を追い込んで働く必要もないし、好きな時に遊びに行けばいいですし。しかし、皆が個人のビジネスに注力しすぎると、本書の中でいう専門職に就く人が減ってしまうのも事実。逆説的ですが、社会にとってはJobが必要だと思いますね。賃金が目的かは置いておいて、狭く深く知識をつけて世の中に貢献することは、大局的に見て必要なことだと考えます。(私の考えには、私が理系のバックグラウンドを持つことも影響してると思います。大学では非常にマニアックなアカデミックの領域で研究を行っていましたが、企業で働くようになって、自分が学んだことが、社会や経済とどう関わりがあるか腑に落ちました。)まあ、先に述べたように両立したらいいんでしょうけど。

 

 最後に、忙しいことを理由に怠けないで、自分が勉強に使いたい時間をできるだけ優先的に、習慣的に作って、時間の使い方をもっと充実させていきたいと思います。(本書では、お金に関して自分に支払うと述べていますが、時間の使い方や、他のことにも応用できそうに考えています。)確かに、仕事だけに集中することは、他のこと考えなくていいので、ある意味楽だとも感じています。朝から晩まで働いて、寝るためだけに帰るような生活も、別の意味で頭働かせなくていいので、簡単ですね。それよりも時間区切ってあれこれやることの方が大変でしょう、と最近感じています。それでも同じだけの成果をその分少ない時間で挙げなくてはいけないので、先に自分に支払ってから考えようと思います。

「教育AIが変える21世紀の学び」

しばらく空いてしまいましたが、このブログの記事をどんなテーマで書いていくか考えていました。書評ブログにしようと思いましたが、私の場合、興味のあるテーマが決まっていないので、離散的になってしまうと思われます。ノウハウ的なものが発信できたらとも思いましたが、重い腰を上げた今は全くの素人なので、これから積みあがっていけばいいと思っています。私は勉強が好きなので、生涯いろんなことについて学習を続けることを目標に、学習履歴を書き留めることにします。そのために、特に分野を限定せず、情報収集をし、学んだことを備忘録的に書き留めていきます。

 

 

 COVID-19のパンデミックによって、オンラインで授業を行うことを急ピッチで強いられた日本の教育現場では、連日TVニュースで報じられたことで周知のことと思われますが、現場の対応は非常に苦慮しています。ところが、日本国外では企業によって、AIを活用して教師の負担軽減および生徒の理解力向上を実現されていることおり、非常に興味深く感じました。また、教師を事務的な単純作業から解放させることで、AIに代替できない3C(「Curiosity」、「Critical thinking」、「Creativity」)を育てることにもより注力できるようになるといいます。

 

 AIが一体どのように教育において貢献するんでしょうか。単純作業からの解放については、採点や問題作成、その他事務的な作業は代替え可能であろうと想像できますが、、。最先端の取り組みについて知ってみたく、本書を手に取りました。

 

「 教育AIが変える21世紀の学び」 北大路書房

 

 本書は2部構成で、第1部「AIの時代に生徒は何を学ぶべきか」、第2部「AIがどのように教育を向上させ、変革することができるのか」となっています。今回私が知りたいのは、主に第2部の内容に当たるので、第2部を読んでみました。

 

  教育に当たるAI→AIED:Artificial Intelligence in Education

 

 近年、コンピュータおよびパーソナルコンピュータの登場によって、コンピュータ支援教育は急速に進展し、またAIEDは市場規模としては2024年に60億ドルにもなると予測され、教育へのAIの応用は指数関数的に進んでいるといいます。市場規模としてはそんなに大きくない印象ですね。

 

 では、具体的に本書に書かれている活用事例を見ていきたいと思います。

(1)知的学習支援モデル(ITS:Intelligence Tutoring System)

  個々の生徒の学習理解に応じた学習経路(教材や学習の仕方)をAIが提示してくれる。これは生徒の効果的な理解を助けるために貢献する。言ってしまえば生徒一人ひとりにAIの個別指導が付くようなイメージですかね。

  ISTが扱う題材として、数学・物理のような明確に定義された分野が得意であるが、法的議論など明確に定義できない分野は、生徒に複雑な認知スキルを要するため、不得意であるといいます。AIが生徒の学習を支援することで、最も特徴的なのは、学習者モデルであり、生徒とのやり取り、生徒が理解しているか、生徒の感情状態など、生徒に関する幅広い情報からどのようなサポートを施すかを決められます。また多くの生徒の情報からAIが学習することで、この理解度の生徒にはどのような学習アプローチを適用することが適切かなど、機械学習によって適応性が向上していくといいます。

 一人ひとりの個別指導であることは間違いないのですが、大量のデータに裏付けされていることで、より洗練された画一性というところに収束していくのではと考えることもできます。つまり、個別でありながら、理想とするところは誰にとっても最適とされる洗練された一般解に皆が習うことでは?という解釈。

 

(2)対話型学習支援システム

 学習するトピックスに関する対話を生徒と行って、生徒の理解度を深めさせることができます。新しいことを教えるというより、事前に習ったことについて理解を深めることに特化しています。本書によると、非専門家による個別指導よりも効果的であることが実験から判明しているそうです。

 反復を繰り返しすぎるよりも効率的に学ぶことができそうですね。

 

(3)探索型学習環境

 探索型学習は長い歴史を持つが、生徒が自分自身で知識を能動的に構築していくことは、教師から生徒に明確な説明が与えられず、遠回りをしてしまうことで認知的にオーバーロードになり、よい結果につながらないことが指摘されてきました。ここでAIが自動的に的確な助言やアプローチを提案することで、回り道を省略して学習効果を向上させることが見込まれます。しかし、先験的にどのような行動が生徒の学習に役立つかこと知ることが難しく、学習者モデルを構築することが課題になっているそうです。生徒が必要としている助言を的確に与えることが困難。

これって、生徒の言語能力にも左右されるんじゃないかな。どこが分からないか、言葉で具体的に表現できれば、教師が的確に導くことは可能だと思うが、どこが分からないかわからない状態であったら、教師が人間でも苦慮すると思います。

 

 

(4)自動ライティング評価

 生徒が作成した文章に自動でフィードバックを与えるものです。これはイメージしやすいですね。教師による比較的小規模での利用と、試験機関による大規模な環境でのコストダウンと対外的な妥当性の改善が望まれているそうです。選択式問題であれば簡単ですが、エッセイの採点となると、確かに手間も評価基準もばらつきはあります。こうしたことから、AIED研究で最も資金が投入されている分野になるそう。逆説的ですが、質の高いエッセイを自動的に執筆できるAIなんていうのも、近い将来登場するかもしれないとのこと。

 かなり現実的だと思っています。

  

(5)その他のAIED事例

 最近、著しい成長を見せている教育AIの応用例として、言語学習が挙げられています。中でも、「Babbel」と「Duolingo」というアプリが有名であるそう。Duolingoは、学習理論に基づいて効果的に単語を習得できる学習アプリだそうで、大学の語学クラスと同程度の学びの効果が得られるといいます。

 実はこのDuolingoは、以前行ったマレーシアで、現地のIT専攻の学生が日本語を学ぶために使っているといって紹介してくれたアプリでした。ゲーム形式で基本的な日本語を学ぶことができると言っていましたが、単なるゲームアプリではなかったらしいです。

 

(6)他にできること

・継続的な評価

 学校教育における評価は、ある感覚で行われるテストによって理解度を評価し、点数をつけます。しかし、テストで扱うことができる項目には時間的にも限りがあるため、限定的なものになってしまいます。(テストで出なかったところは理解しているか確認されないまま。学習内容の断片的なスナップショットにしかならない。)これが、テストによって中断されることなく、授業中に理解度を常にAIが把握することで、継続的に評価を行うことができるようになるといいます。また、ひとりの人の生涯にわたって、学習に同行し支援してくれるAI駆動のコンパニオンが作り出されることも予想されます。   

 確かに、学校にいる間の数年間だけにとどまらず、その人をより理解してくれるAIが長期にわたってサポートし続けた方が、学習効率は格段に向上するはずです。しかし、AIが人間を理解しすぎると、少なからずディストピア的思想も現れてくると想像されます。

 

・AIによるティーチングアシスタント

 私が教育AIに興味を持ったきっかけはAIによるティーチングアシスタントであり、これについても本書では述べられていました。著者が言うには、AIEDが教師にとって代わるような未来は予想していないといいます。単純な願いに過ぎないかもしれないが、教師を時間のかかる作業から解放し、その役割が進化し続けて変化する未来が来ると想定している。そもそも教育とは知識を提供すること以上の行いであり、AIは教師が生徒を教え、支えることを支援することが役割であると。生徒にとって何が最善かを決めるのは、最終的には教師であり続けると述べています。

 アシスタントとしてのAIは対話型のAIのようなものかと考えていましたが、それはあくまで表面的な見え方で、複数の支援システムによって裏付けされて初めて効果的なサポートができるんですね。

 

・AIEDの倫理

 生徒の注意を最大化するために、授業中における生徒の顔を常時カメラで監視し、表情から生徒の感情を認識し、その生徒への特別な対応が必要かどうか教師に知らせるような試みも行われているといいます。また、機械学習によってパターンを見つけようと、大量の生徒のやり取りのデータを収集した事例もあるそうです。常時監視される社会で、これらのデータは誰がどのように管理するのか。はたまたどの程度共有して活用していいのか。自明であるがまだ答えのない倫理的な問題は、未解決のまま転がっています。また、倫理を重んじてAIEDの分野でイノベーションを起こさないことによるコストと、倫理問題を完全に解決して、AIEDのイノベーションが研究者たちにもたらす利益のバランスについても考える必要があると著者は述べています。

 この分野に限った話ではありませんが、AIが人間と身近になるにつれて、このような問題はくっきりと見えるようになっていくと思っています。つまり表面化するまでは、具体的な対策はなかなか講じられないでしょう。それでも、子供の教育において、実験的にデータを蓄積することは、大きく反感を買いそうに感じます。子供のための支援ですが、子供を実験に使うのは倫理的にも理解が得られづらいと思います。日本では余計に困難でしょうね。

 

教育へのAIの導入について、私は前向きに考えています。理想論かもしれませんが、本書で述べられていることが実現されたらと思います。

「ラッセル幸福論」

 

初めての投稿になります。先日、仲のいい友人の結婚式があり、自身や周囲の生活が一変してから、久しぶりに友人と会うことができ、たまらなく嬉しかったです。今年はこんな状況下においても、有難いことに仕事が忙しかったこともあって、疲れ果てた休みの日には一人で本を読んだり、勉強して過ごすことが多かったです。そんな折に参加が叶った、この幸せに満ちた場で、自分にとっての幸せとは何だろうかと考えてみました。日本でも伝統的な労働者の働き方について、大きく変わろうと動きだした昨今、今後はいろんな人生の形があるよなと考えている時に、出会った本をご紹介したく。

 

ラッセル幸福論」 著:B.Russell 訳:安藤貞雄 岩波文庫

本書は深い哲学などに基づいたものではなく、筆者が常識と考える所見をまとめたもので、不幸にもがき苦しむ読者の現在位置を確かめることで、その苦しみから逃れられる助けになればとの思いが込められているそうです。

 

本書は「不幸の原因」と、「幸福をもたらすもの」の2部構成で、例によって後半から読み進めることにしました。内容は仕事だったり、家族だったり、複数の項目について例を交えて筆者の主張が述べられており、内向的な私にはグサッと思い当たるところが何点か。結論から言うと、何事も腹八分目くらいの熱意に留めおき、仕事以外のいろんなことに興味をもって、社会的な喧騒を恐れずに相互に愛情を与え合うことが、幸福を達成する手段ということ。

 

ということで、馬鹿正直にとりあえず行動してみようと思い、あまり仕事に入れ込みすぎないように習慣的に時間を作って、仕事に関係ない自分の興味本位で面白いと思ったこと(主に本)を、社会に対して有益になるように発信してみようと考えました。もちろん、身の回りの人々は変わらず大事に。正直、この次の投稿すら続けられるかわかりませんが、継続は力なりということで頑張ります!